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ミュージシャンだけ頭が古いと音は消えるよ!

2011.01.11

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どうも機嫌が悪い。というか悲しくなる・・・・

まず、どこもライブが不景気で、このまえベーシストが、彼の友人の某有名な(つまりメジャーな)ベースがPITINNでギャラが小銭だった、もう趣味のレベルだ、といっていたというほど不景気。一昔前なら、ライブがだめなら、スタジオだというミュージシャンもいたわけだが、スタジオはだいぶ前からもっと壊滅的なんだとか。

お弟子さんに、もう古いビジネスモデルのライブハウスは破綻したのだから、他で演奏してください、なんていわれてしまう。たしかに、仕事として演奏が成立するのは、昔のビジネスモデルからは外れたレストランやイベントなわけだが、標準的な編成にできないフルートの場合、イベントで求められるのは、クラシックフルートだったりするので、事務所に入るわけもいかない。

そういうご時世なわけだが、私が機嫌が悪いのは、頼む側VS頼まれる側という、妙なシガラミだ。フロント楽器は、あまり頼まれない。ましてフルートなんて私でも頼まないww ライブをするとなるとリーダーをやって、リズム隊を頼まないとならない。

そうすると、頼まれた側は昔ながらに仕事と思い込むらしくて、集客はしないわ、ギャラは当然支払われると思い込むやら、そういう空気がじんじん伝わってくる。もちろんこれまでやっていただいた面々は、そこらあたりのお互いわかりあえてやってるつもりなんだけどね。

たいてい東京あたりでプロとかいってる連中がそうであるように、金持ちの旦那芸というのなら、持ち出しでいくらでも雇うのだが、そうではなく、みんなでやろうよ、という流れでやっていても、ハコ仕事のように毎月毎月になると、こちらも頼みづらくなってしまうのだ。
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一昨年ぐらいなら、どのハコでやっても、20人そこそこはお客さんが自然とはいったものだ。それでも、昔のギャラとは一桁ちがう状況だったのだが、去年あたりから、私に限らず、ジャズのライブなんて、片手入れば大入りという塩梅。片手呼べる私が一番集客力あるとかライブハウス側にいわれてしまう始末なのだ。

高度成長期のころのバンドマンは、リーダーになるとつねに100万の束を内ポケットに忍ばせていたものなのだそうだ。それは地方巡業で、ギャラが出なかったときに、メンバーに自腹でギャラをはらうためだそうだ。雇ってるのだから当然なのだろう。だがもはやそういうビジネスモデルは破綻している。

さらにいうと、その高度成長期ですら、バンドマンはたしかに稼ぎも良かったが、そのなかでメジャーになった面々は、たいてい金持ちの御曹司だったりする、というのを理解できている人は案外少ない。いまならちょうど、正規雇用で余裕ありまくりの面々がライブやるって感じと似てるんじゃないかな?

だからこそ、音楽をやろうといってるのに、仕事できたみたいな顔されちゃうと、私は気苦労でぜんぜん演奏に専念できないのだ。おいおい、もともとモダンジャズは商業音楽のアフターアワーで、仕事じゃなく音楽やろうよ、だけでやってた音楽に、ヨーロッパからきた貴族がパトロンになって金だしてただけなんだぞ。いつから仕事の音楽になったんだ? 

この中途半端性で、私が演奏がとても不調に入ってきた。気を使って演奏どころじゃないからだ。はっきりいって、趣味でやるなら、他にもっと楽しいことがいくらでもある。

第一、私は、GID(性同一性障害)があるので、人前で性別的な「おらおら~~!!」と雄々しい演技をしなきゃいけないだけでも、たいへんな精神的ストレスだ。それなのででたくないのだが、みんなが音楽をつくろうよ、という心意気があって、はじめて勇気を振り絞って音をだしてるのだ。だがどうも、そういう心意気に、最近なかなかめぐり合えない。

ライブを休眠しようか悩むのだが、しかし、教室も食い扶持でやってる関係上、定期的にライブは続けていないとならない。それでいくつかのハコに定期にいれているのだが、それでもこの頼みづらさが、たいへんな負担になってきている。

若手にお願いするか、というのもあるのだが、昔ながらの価値観だと、後輩を呼ぶと先輩が食わせるのが当然の世界。3年ぐらい前に、一度それで懲りていて、若手を呼んだら、ギャラ少ないですねー、とタメ口たたかれたことがあるほどだwwww 

つまり年齢の上下以上に、フロント=リーダー=頼む側、伴奏=雇われる側の、権力関係のシガラミが強いということなのだろうww

余談だが冒頭のベーシストによると、太鼓がフルートなのにうるさくても、リーダーとして文句を言うにはギャラをはらうのが、慣例だから、なかなかいえないですよねー、といっていた。そういうものらしい。

ところが、ライブハウス側は、皆で和気あいあいやってるんでしょ?と見てるみたいで、こういう苦労が理解されていないのも、ストレスだ。

隔月で茅ヶ崎マリーをやっているのだが、茅ヶ崎だと東京方面からわざわざプレーヤーを呼ぶのは、大変な負担だ。それで地域の限られたミュージシャンを探さないとならなくなる。それでも私の政治力では無理だときのうマリーさんに伝えなければならなかったほどだ。

年末からマリーさんに、はやくメンバーをきめてくれと催促されていて、まるで私がマリーライブをやる気ないみたいに誤解されてしまうと困るのだが、事情はそういうかんじだ。

独演ライブができればいいんだが、フルートソロでジャズを2セットは、はっきりいってよほど調子がいい時でも、わざわざやりたいシロモノではない。だからこそミニマムでも伴奏者が必須なのだが、私から依頼できるほどの経済力は、どう逆立ちしてもない。

はっきりいって、東京だろうがどこだろうが、もはやライブハウスでのライブは、プロもメジャーも、コインのギャラでやるほどのもの。だからこそ、音楽をみんなでつくろうという心意気でやらなきゃ、もはや維持できないのだが、そのあたりをじゅうじゅう分かっているプレーヤーは、もういないのか??

公募でもしたいが、ノーギャラよというと、公募が成立しないんだろうなー。それほど、旧態依然のビジネスモデルに、ジャズミュージシャンの意識ががんじがらめになっている。

そういう空気がひしひし感じられて、気を使うものだから、調子が悪くなり、とっても機嫌がわるいのだ。

生徒さんからは廃業しないでー、とかいわれるのだが、ほかに職があるなら、とっとと転職したい。他に職がないから消去法でやってるようなもんだからなー。

さて、今週も水曜はジャズメンクラブでこちらは横浜なので、東京方面からもメンバーよびやすく、かろうじてメンバーきまってるのだが、困ってしまうのが27日の茅ヶ崎マリー、だれかやりたい心意気の人いない?

それにしても、なんどもいうがモダンジャズは、アフターアワーにパトロンがついた非商業音楽だ。にもかかかわらず、音楽=職業という悪しき高度成長期の感覚のほうが、ミュージシャンとしては偽物といえるだろう。

まあたしかに、客が一人でも入れば、プロとして気の抜けない演奏に鳴るのだが、具体的にはそれは店の収入だ。店だって経営しなきゃならないのだから当然だろう。ミュージシャンがそれをあてにしたら、いい音なんて出てこないと思うんだがなー。

音楽=職業というのは、高度成長期の幻なんだから、仕事というみょうなプロフェッショナリズムに凝り固まらずに、純粋に音楽=楽しむもの、という気分を共有できる仲間は、いないものなのかねー。寂しいねー。

・・・とにかく、今の日本、高度成長の弊害だらけだ。冷戦期のアメリカの国策で成長しただけなのに、自力で成長したとおごって年金をもらいまくる老人とか、曖昧な日本人の心情と戦後いわれていたものが、じつは単なる奢りだとバレてしまった。

しかしそれでも、彼らの奢りは放任されているので、どんどん壊れるのは国だろう。団塊の世代の退職金で大企業は衰退の一途なのだろうが、たしかに基幹産業は害悪でしかなくなったとはいえ、それより真っ先にダメージを受けているのが、日本ならではの豊かさのあったサブカルの層の厚みだ。それに最後まで抵抗すること。そういう気分にさせられる今日この頃だ。

そうだジャズはカウンターカルチャーなのだった!ww