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「無限」のサンクチュアリ

2012.04.30

ファイル 209-1.jpg

無限と存在命題のマルチTL(自分用忘備録):

ここから
http://www.sunamajiri.com/blog/diary.cgi?no=208
続く・・・

2012年04月29日(日)

たしかに数学そのものは語れないかもしれませんが、数学を数学によらず理解したり解説するものが全て詭弁というのは、至近でデカルトを数学と捉えたスピノザの解説を読んでたわけですが、断定できない気がします。むしろ数学とは別な存在を哲学する方に詭弁を感じます。RT @femmelets
posted at 16:37:24

非常に素朴な疑問ですが、哲学が、数学や無限や神に取って替わるものとして、表象する自己を据え、その後、数学も神も、そうした存在論から捨象できた、というのが近代観、つまり転回や超越論なら、それが詭弁でない保証が気になるところです。どう考えたらよいのでしょうか? @femmelets
posted at 16:50:28

(読書)読解塾、後半すこし暇になったので、國分スピノザの方法http://t.co/aUPfZsei 辺りから、自分読書メモ再開(^-^)/
posted at 20:17:49

(読書)國分234-5p デカルトは、無限(という語義)に存在が直接「含まれる」=存在の自己原因は、「自分より広大」「無尽蔵な能力」という無限の本性を「含め」られないので否定的だという。そのために自分より広大で無尽蔵な無限だけが存在すると証明する。
posted at 20:24:14

(読書)しかし、無限という語義に存在を含めるかという証明は、肯定的起生原因(自分より広大なというアナロジー)が混入したことによって、自己原因(無限がそれ自体で存在すること)を証明できず、スピノザのような自己原因の肯定化に成功していない。つまりデカルトは自己原因を肯定できない。
posted at 20:26:05

(読書)このように、存在の自己原因としての無限(無限は有限の結果ではない)を否定するために、「より広大な」というアナロジーを表象論の主体とするデカルトに対して、スピノザは無限を無限という語義どおり有限と対比せずに肯定する。さもなければコギト(思惟する主体)は単に歪むからだ。
posted at 20:32:56

(読書)國分235p 無限を単に否定して、表象だけに存在を見てしまうことに対して、スム(主体性)は、無限とは異なる、と無限の単独での自己原因を「肯定」すること。そのあたりがここでの自分用読書メモでした。(^-^)/
posted at 20:41:26

RT @jyuusyoku: まずは安っぽくても自分の思考を持ち、それを周囲に晒して磨いていく又は篩にかけていく、の順では駄目ですか?RT @FukushimaKokugo: 「安っぽい自分の思考」、同感。個性偏重教育の弊害。 RT @inosenaoki: 新型うつ。… …自分に意見があると思うのは錯覚
posted at 22:08:25

RT @FukushimaKokugo: 「自分に意見があると思うのは錯覚/安っぽい自分の思考を消せ」ということに関して疑問がある方は、芦田先生 @jai_an にたずねるのが一番です。最適な答えをあなたに与えてくれます。ただし今、沈黙中ですが。
posted at 22:52:32

RT @femmelets: あなたの意見が分かりません。「数学や無限や神」などと等置できるのでしょうか。「表象する自己」との関係をそれほど簡単にいえるのでしょうか。私にいえるのは、17世紀の哲学が神を無限者として、自己(私)を有限者として捉えたということだけです。
posted at 23:46:30

おお、寝過ごしそうだからたすかる。意見? 私を含めどこにも意見なんてないと思うし、その意味で私は一度も私見は語ったことがないよー。サンキュー無事に寝過ごさずに電車下りれた(^-^)/ @femmelets
posted at 23:50:54

私はそれこそ、自らの意見にぬらないために言葉化するのがせいぜい。とくに他者が意見を所有する場合は、なおさら透明人間になります。まして國分本の自分用メモは読んでて浮かんだ事柄の忘備録であり、私が所有する議論の命題ではない気がしています。単に随意です(^-^)/@femmelets
posted at 23:59:08


2012年04月30日(月)

それはおかしい。それじゃまるで読書経験は私的に言葉にするなときこえる。もし私に意見がある場合、もっと直接の命法になると思います。@femmelets QT: 意見が存在しないというのはよく分かりません。少なくともあなたご自身がお書きになったツイートがあり、あなたがそれに責任が
posted at 00:03:53

RT @femmelets: 読書を言葉にするなということではなくて、あなたが私に質問されるとしたら、論理的な日本語で表現していただかなくてはお返事することができないというだけのことです。例えば、数学と無限と神はどういう関係にあるのでしょうか。それが私には不明です。
posted at 00:11:44

了解です。しかし私にもわかりません。私のテクスト読みの随意は、テクストに何があって何がないか、という判別に近いので、原テクストに何か本質的に逆接するものを読み込まないというだけです。そこに無限が神存在と書かれていれば、肯定も否定もできない。ただそれだけです。@femmelets
posted at 00:21:26

RT @FukushimaKokugo: 「意見文を書く」ことよりも、「仮想意見文を書く」ことが大事なんだよな。自分の実際の主張である必要はない。「根拠さえあれば、こういう意見が通用するはずだ」という文を書くこと。これが大事。
posted at 00:29:43

寝過ごしたら上りが終わっていて戻ってこれないすんでのところで、攝津氏のツイートで起こしてもらって、感謝(^-^)/ 福嶋先生の↓RTは、完全に同感です。
posted at 00:31:35

私はライブリアンではないので、今手許にスピノザとデカルトの原文はおろか邦訳も揃っていない状態で國分を読んでる。つまり國分を完結したテクストと仮定して、どこまで読めるかの遊びをしてるんで、研究的態度ではない。國分本を真としてどこまで読めるか、というだけです。@femmelets
posted at 00:36:23

そのうえで、何か無限に違いがあるのか、をただ個人的には思索中で、結論があるわけではないです。もしろ、教えていただきたい。つまり、哲学史的な無限を含め、あらゆる無限とは何であるのか?という命題について、私の側には、私見はないです。@femmelets
posted at 00:39:23

ただし、オイラー→リーマン以降は、無限は複素数、あるいは素数の無限性で、それは無限は有限の先にはない、ということらしいです。それは、たしかにデカルトの時代にはなかった知見なのでしょう。
posted at 00:44:59

どうやら現代数学では無限は有限とは、断絶的に無限があるのです。デカルトがこれを知って彼の無限公理のアナロジーを維持できたかは興味深いところです。
posted at 00:45:47

RT @femmelets: 一般には無限はルネッサンス思想(ブルーノ)から考えるのが普通だと思います。それ以前、例えば古代世界においてどうだったのかは検討すべき問題です。ソクラテス以前の哲学者にも無限概念はありそうですが、彼らは唯一の存在は球形であると考えてもいます。
posted at 00:55:25

RT @femmelets: もし本当に無限をそのものとして考えるならば、それは球形であるともイメージできないのではないでしょうか。球を考えれば、どうみてもその外部がありそうですよね。ブルーノは読みにくいですが、少し面白いと思います。
posted at 00:55:27

RT @femmelets: 例えばヘーゲルには《真無限》という概念がありますが、数学的な無限とは少し違うはずです。彼の真無限は円のようなものです。他方、悪無限はどこまでも続く直線のようなものです。その違いを読むと面白いかもしれません。
posted at 00:55:30

ヘーゲルはむかし愛読してましたが、ことその無限の点からいうと、何か有意味なことを言ったようには思えていません。ところでカントは精読してませんが、無限をどう扱うのかご存知でしたらご教示を(^-^)/ @femmelets
posted at 00:59:39

さらにデカルトにとっては、(國分によらないでも)無限=神という同義語ですが、神証明といえばカントを連想します。Wikiにもカントの神証明の類型がでてますね。カントは無限を神と同定してるんでしょうか? http://t.co/S0sFrKYk @femmelets
posted at 01:02:12

しかし表象論者のいう自我というのは、気色が悪い。表象それ自体が爽やかに萌えられるのとは、対照的だ。表象論以外の論はどこかにないものなのだろうか?(^-^)/
posted at 01:12:10

表象はかわいいけど、表象論者はキモい。ただそれだけだなー、私見するとすれば。でもこれ私見ではない気がする。私見って可能なのかが最近益々分からない(^-^)/
posted at 01:13:49

うん、というかもう神学か、ユダヤ教神学か、もうちょっと頭が冴えてたら数学専攻しに学校もどりたいけど、もう無限に帰するのみ(・_・;) @aoinatsunosora 解釈学はやらないんですか?
posted at 01:20:47

おお、確かにその点は言えてますね。日本は宗教的にはサンクチュアリだ。ゼロから行ける。でもたいへんそうだなー、すぐ西欧かぶれが西欧かぶれじゃないつもりで反論しそう。@aoinatsunosora そうです。特定の宗教観に偏らない死生観の考察に、今の日本は向いていると思います。
posted at 02:00:07

うーむ、恋愛観も結婚観も西欧化の結果だし、宗教的先入観がないとはいえ、完全にゼロともいえないですしね。@aoinatsunosora 大変そうなので、レターだけこっそり読んでます。笑 さっきのプロジェクトは今年終了し、こっちに移ってます。http://t.co/JzhpqbyS
posted at 02:04:22

ぜひ今度具体的に(話せる範囲でww)聞かせて下さい(^-^)/ @aoinatsunosora 自分は現象学的なアプローチであっちこっち揉んでるところです。
posted at 02:06:44

私は批判とか私見とかとは無縁で、いうとすれば、たとえばAさんの無神論は何が聖典(キャノン)なの?ぐらいなので、人畜無害です(^-^)/ @aoinatsunosora 笑
posted at 02:08:49

聖典性(キャノン)とか言ってたら、アメリカの大抵の大学文学部の教科書になってた脱構築派ブルームのThe Western Canon http://t.co/ifGYZguY が書棚からドカッと落ちてきた(^-^)/ http://t.co/dKL12EHl
posted at 02:24:12

最近、動物化する機械とか、動物化する理系とかが頻出しすぎる気がする。これも元を辿れば表象論的デカルトの自我を鵜呑みにした宗教サンクチュアリ日本だから?汗 QT: http://t.co/tqZLffz9

posted at 13:16:57RT @yutakioka: そもそも個人の性的指向の話と、産業としての売春の話は別なわけですが。 RT @guriko_ そんな個別の話ではなかったですよね?それと性的指向とセックスワークに従事することは違うのではないですか
posted at 13:29:04

宗教文化圏はフリーセックスしたがってるし、サンクチュアリは動物圏なのか、近代的自我から超越論的自我、平たく言えば産業まで動物化させたがってるし、人間の欲望はとどまるところを知らないねー。というか猿の惑星のテーゼそのもの(・_・;)
posted at 13:32:56

動物化というか、動物の機械化というか、なんでサンクチュアリでは、人間はマシンになりたがるんだろう。表象論も、超越論も、機械論ですらも、ただ単にエンジニアリングみたいに思えちゃうのが不思議。哲学工学。シナプス哲学。ヘーゲリアン的な他者の欲望も機械的反応だったりして(・_・;)
posted at 13:42:17

RT @guriko_: 子どもも大人と同じように性的指向や自由意志を持てるという主張だったですよね?それは一部の天才児だけだということですか?http://t.co/BiyGoaa4 @yutakioka
posted at 14:27:52

RT @yutakioka: あなたは、「ある」と「つね」にという量化詞の区別ができていない。「あるXが存在する」という主張の否定は「そのようなXは一つもない」でなければならないのですよ。 RT @guriko_ 必ずしもそうではないとは?
posted at 14:28:01

RT @yutakioka: 論理的間違えを指摘したら、話のすり替えといわれたんですけど。議論って妥当な推論でないと成り立たないので、すり替えではなくて、論理的に正しい立論、反論って議論の基礎だと思うんですけどね。
posted at 14:37:13

滝岡さんのTLみてると、毎回、好悪とか非論理とかが、漠然とあるという思い込みが暴露されるのが面白い。多くの日本人が、そういうものがあると思い込みたい、というのを実感するな。だが、そういうものはない。https://t.co/BP7jp0YN
posted at 14:39:12

RT @neajazz: んー。ほんとに頭かたい子が多いな。コピーとオリジナルとか、作曲と演奏とか、その境界がなにか一本の線ででも区切られているかのように考えてしまう生徒が多い。
posted at 14:28:24

益々硬化している日本人にジャズが出来るかは大いに疑問だ。バップですらスタイルのコンサバだと思ってたりする。@neajazz ほんとに頭かたい子が多いな。コピーとオリジナルとか、作曲と演奏とか、その境界がなにか一本の線ででも区切られているかのように考えてしまう生徒が多い。
posted at 14:29:12

その生徒さんはアドリブを天地創造するタイプ?(^-^)/ @neajazz アドリブが語法である以上、無から生まれている訳でもないですよ。「これはペンです」と話すときに、「ペン」という単語をその瞬間に創造している訳じゃないのだから。
posted at 14:31:52

RT @neajazz: また、フリージャズとか前衛とか、そういった話を持ち出す人がいるけど、それも例えば、「これはンペです」という効果も「ペン」という前提(共有認識)があってはじめて「ンペ」は成立している訳で。それは逸脱な訳。逸脱できるということはルールが存在するからはじめて可能な訳で。
posted at 14:39:27

RT @neajazz: と、思ってる訳ですよね。結局ドミナントモーションとか使ってる訳ですが、それを自分で創造したと勘違いしている。苦笑。@sunamajiri その生徒さんはアドリブを天地創造するタイプ?(^-^)/ @neajazz アドリブが語法である以上、無から生まれている訳でもないですよ。「
posted at 14:39:45

天地創造の神様になれるというノーテンキが日本人の取り柄なんだけど、言語でも音楽でも、とても海外では通用しないわね、といつも思う。ガラパゴス。@neajazz と、思ってる訳ですよね。結局ドミナントモーションとか使ってる訳ですが、それを自分で創造したと勘違いしている。苦笑。
posted at 14:40:33

RT @yutakioka: うーん、どうもあなたは読解力に問題があるみたいですね。一から説明するのが嫌なんですけど。RT @guriko_ え?どの文脈の「子」「子供」が慣習的な使い方と同値ですか?
posted at 15:02:12

RT @yutakioka: 存在命題の真の条件を理解しています?RT @guriko_ あなたは20の成人よりも合理的判断能力がある12歳がいる、そしてその子を指して「子供」「幼児」と表現しましたけど、その12歳は多数ではない。
posted at 15:08:34

RT @yutakioka: もう一度聞きます。存在命題の真の条件は理解していますか?RT @guriko_ 私は現実の子どもの話をしていますが?
posted at 15:08:36

文化とか習慣とか国を天地創造しちゃうからか、論理や物理法則まで天地創造できちゃう不思議なサンクチュアリ。日本の国語ではまず命題というのが理解されない。だからテストできる。ウマウマ(^-^)/
posted at 15:10:09

日本人は心象とかそういうので理解するので、話の前提とか命題に弱い。だからテストするのは簡単。それで大学産業ウハウハ。でも欧米ではそんなものは鼻先もかすらない。だから相手にされないパラダイス鎖国が天地創造されそう(^-^)/
posted at 15:19:28

RT @guriko_: 存在命題の真の条件とは(`・ω・´)シャキーン
posted at 15:22:36

RT @yutakioka: 「経験」、「現実的」とかいきなり言い出す人には注意が必要。たぶん論理的な思考力が低い可能性が高い。
posted at 15:27:43

RT @genronjin: 100%は「死」だけ RT @arabian_m: センター国語の代表的な錯乱肢ですね RT @yutakioka: ゼロとか100%とか、必ず、常に、絶対的にという極端な言葉を好んで使う人は危険ですよね。そもそもゼロは多くの場合証明できないw。
posted at 16:10:38

■画像引用:http://www.mineralienguild.com/g2/main.php?g2_itemId=11483


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